火垂るの墓のあらすじ

火垂るの墓は、作家・野坂昭如が自身の実体験を基に書いた同名小説をアニメ映画にしたもので、戦中戦後の神戸と西宮が舞台。

第二次大戦末期の1945年6月5日、早朝に神戸市から阪神地方はB29の大空襲に見舞われた。幼い兄妹・清太と節子は混乱のさなか、母と別れ別れに。清太が国民学校へ駆けつけると、母は危篤状態で間もなく息絶えてしまった。

兄妹は西宮に住むおばの家に疎開するものの、おばとの関係がうまくいかず、しばらく後におばの家を出ることに。

二人はわずかの家財道具をリヤカーに積み、川辺の横穴豪へ住みついた。食糧は川で取れるタニシやフナ。電気がないので蛍を集めて瓶に入れ明りにした。

やがて食糧も尽き、清太は畑泥棒をやることに。ある晩、清太は畑に忍び込んだところを見つかり、農夫に殴られたあげく、警察につき出されてしまった。すぐに釈放されたものの、幼い節子の体は栄養失調のため日に日に弱っていき、ついに死んでしまった。その1ヵ月後、清太も駅の構内で眠るように餓死してしまう。

以上があらすじです。

火垂るの墓は、日本テレビ系で放送されている「金曜ロードショー」では2年に一度、8月の終戦記念日前後に放映するのが恒例となっており、今年も放映が予定されていました。しかし、独島問題に配慮し、火垂るの墓の放映が無期限延期することになりました。世代を超えて多くの人々の心を揺さぶり続ける作品であるだけに、残念ですね。

火垂るの墓とは

火垂るの墓とは、野坂昭如の小説、およびそれをもとにした高畑勲監督・脚本のアニメ映画。制作はスタジオジブリ。1988年4月16日から東宝系で公開。

火垂るの墓は公開時、宮崎駿監督作品「となりのトトロ」と同時上映されました。アニメ映画界の二大巨頭の代表作を一緒に観ることができるという、ラッキーな公開でしたが、当時は両監督の一般的な知名度が現在ほどでなかったことや公開日が春休み後でもあったため、配給収入は5.9億円とあまり伸びませんでした。

火垂るの墓は、公開日までに制作が間に合わず、未完成のシーンが残ったままの上映となり、公開後も制作を続け、後に差し替えられています。

火垂るの墓の舞台は、戦中戦後の神戸と西宮。両親をなくした14歳の兄と4歳の幼い妹が、戦後の食糧難のために栄養失調で死んでしまうという話で、映画を見た多くの人は涙をながすと言われています。

火垂るの墓は、2005年にテレビでドラマ化、また映画も制作もされ、今年(2008年)の7月5日から、岩波ホールほか全国にて順次公開されています。

となりのトトロのあらすじ

となりのトトロはの時代設定は、昭和30年代前半。田舎へ引っ越してきた草壁一家のサツキ・メイ姉妹と、不思議な生き物「トトロ」との交流を描いたものです。

小学6年生(これに関しては諸説あり。小学4年生だったものがあまりにしっかりしているので6年生に変更されたとも言われている)のサツキと4歳のメイは、退院が近い入院中のお母さんを、空気のきれいな家で迎えるためにとおんぼろ家に引っ越してきた。

翌日、メイは2匹のトトロを見かけ追いかけていくと、2匹は大木のウロの中へ。メイが中に入ると、転げて底へ落ちてしまうが、そこはトトロの住み家。メイは大トトロの上に乗っかり、大喜びするが、眠くなってしまい、寝てしまう。

夕方、サツキが学校から帰ってくると、メイの姿が見えない。父と二人でメイを探しているとトトロの通り道で、寝ているメイを発見する。メイはトトロを見たと話すが、トトロの通り道を何度も行くが大木のところに行けない…。

一家が新しい家に馴染んだころ、サツキもトトロに遭遇した。

ある日、入院しているお母さんの具合が悪くなった、との電報。トウモロコシをお母さんに食べてもらおうと一人、病院を目指すメイだが、途中で道に迷ってしまった。村では、池に落ちたんじゃないかと捜索隊を出す大騒ぎになってしまう。サツキは村の人たちとメイを探すが見つからず、「お願い、トトロ」と助けを求めるサツキの涙に、ニヤリと笑うトトロ。トトロは空飛ぶ「ネコバス」にサツキを乗せ、歩き疲れて座り込んでいるメイを発見すると、二人をお母さんがいる病院まで運んだ。二人はお土産のトウモロコシを窓際に置くと、一足先に家に帰るのだった。

以上があらすじです。

となりのトトロは、宮崎駿監督が描いた懐かしい日本の情景や美しい自然、心温まるストーリーで子どもから大人まで、日本中の人々から愛されています。今まで知る人ぞ知る存在だった宮崎監督が、国民的映画作家として飛躍するきっかけとなった作品と言えます。

ところで、トトロってほんとにいるんですよ、知ってました?

となりのトトロとは

となりのトトロとは、1988年4月に東宝系で公開されたスタジオジブリと徳間書店のアニメ映画作品。観客動員数約80万人。

独創的かつ情緒溢れるとなりのトトロは、これまでアニメを軽視していた一般映画の評論家たちからも絶賛を受け、キネマ旬報の「日本映画ベストテン」第1位など、各種日本映画関係の作品賞を獲得します。

となりのトトロは、テレビ放映が繰り返し行われたことで幅広い世代に知られるようになり、とりわけファミリー層に人気のある映画です。後に発売されたビデやDVDは記録的な売上を達成。

となりのトトロのオープニング曲「さんぽ」(歌:井上あずみ、作曲:久石譲、作詞:中川李枝子)は、現在では童謡曲の定番として、広く歌われています。

なお、作品の固有名詞などは、埼玉県所沢市から東京都東村山市にかけて広がる狭山丘陵の地名をもじったものが多いとのこと。

となりのトトロとは

となりのトトロとは、1988年4月に東宝系で公開されたスタジオジブリと徳間書店のアニメ映画作品。観客動員数約80万人。

独創的かつ情緒溢れるとなりのトトロは、これまでアニメを軽視していた一般映画の評論家たちからも絶賛を受け、キネマ旬報の「日本映画ベストテン」第1位など、各種日本映画関係の作品賞を獲得します。

となりのトトロは、テレビ放映が繰り返し行われたことで幅広い世代に知られるようになり、とりわけファミリー層に人気のある映画です。後に発売されたビデやDVDは記録的な売上を達成。

となりのトトロのオープニング曲「さんぽ」(歌:井上あずみ、作曲:久石譲、作詞:中川李枝子)は、現在では童謡曲の定番として、広く歌われています。

なお、作品の固有名詞などは、埼玉県所沢市から東京都東村山市にかけて広がる狭山丘陵の地名をもじったものが多いとのこと。

天空の城ラピュタのあらすじ

空に浮かぶという伝説の島「ラピュタ」を発見したものの、人々に信じてもらえないまま亡くなった父を持つ、見習い機械工のパズー。彼はある日、空からゆっくりと落ちてきた少女シータと出会う。彼女は胸に青く光る石のペンダントを身につけていた。実は、彼女はラピュタの王位継承者であり、そのペンダントこそが空に浮かぶ力を持つ“飛行石”だったのだ。

パズーは、シータの行方を追う空賊や政府からシータを守り逃走を図るが、ラピュタを捜索している国防軍につかまり、ティディス要塞に監禁されてしまう。

シータを捕らえた政府側の張本人・ムスカ特務大佐は、シータに空から落ちてきた壊れたロボットを見せ、シータがラピュタ王家の末裔であることを伝え、パズーの命と引き換えに協力を迫る。

シータを残して釈放されたパズー。彼は、同じく飛行石を手に入れようとしていた空中海賊ドーラ一味の協力を得て、シータを国防軍の手から救い出すことに。

ティディス要塞に残されたシータは、祖母から教わった「おまじない」を口にしたとたん飛行石が光を発し、ラピュタの方角を指し示す。同時に壊れていたはずのロボットが目覚め、暴れだして要塞を壊滅させる。騒ぎの中、パズー達は強行突入でシータを奪還するが、要塞からの砲撃の衝撃で、シータは飛行石を落としてしまう。しかし、ついに伝説の島ラピュタと遭遇することになる。

以上が簡単なあらすじです。

天空の城ラピュタ、老若男女を問わず好まれることから、本作を宮崎駿作品の最高傑作として挙げる人も少なくありません。

天空の城ラピュタとは

天空の城ラピュタとは

天空の城ラピュタとは、1986年8月2日に公開された宮崎駿監督第2作目の長編アニメ映画。製作はスタジオジブリ。上映時間は124分。

天空の城ラピュタの第1次興行(42日間)の観客動員数は、77万4,471人、配収5億8,300万円。

天空の城ラピュタは、題材をスウィフトの「ガリヴァー旅行記」に出てくるエピソードからとっていますが、自由な脚色と創作で全く別な独自な物語となっています。

天空の城ラピュタは、物語は幅広い年齢層に支持され、その人気は公開から20年を経た現在でも衰えません。テレビでも金曜ロードショウなどでときどき放映されることもあり、時が経つにつれて人気が上がっている映画です。

主題歌の『君をのせて』(作詞:宮崎駿 作曲:久石譲 歌:井上あずみ)は、現在では卒業式の定番曲の一つになっています。

ナウシカのあらすじ

風の谷のナウシカのあらすじを簡単にご紹介しましょう。

腐海(ふかい)と呼ばれる毒の森とそこに棲む蟲(むし)たちに支配された世界。腐海のほとりに、海からの風によって瘴気から守られている辺境の王国・風の谷があった。そこには、メーヴェにのって鳥のように飛び、人々の嫌う巨大な蟲・王蟲と心をかよわせる少女ナウシカがいた。

ある夜、風の谷に巨大な輸送機が墜落したことから、風の谷は大国トルメキアの戦乱に巻き込まれていく。ナウシカはトルメキアの人質として連れ去されるが、その途中腐海の秘密を知る。腐海の樹々は汚染された世界を浄化するために大地の毒を自らに取り込み、きれいな結晶にかえていた。蟲たちは自然を破壊するものから森を守っていたのだ。

ナウシカは風の谷のトルメキア軍を壊滅させるため、蟲を使って襲わせようという計画を聞き、捕われた船から脱出、風の谷に向かった。

その途中、怒りで目を真紅に輝かせてばく進する王蟲(オウム)の大群を見る。群れの先には瀕死の王蟲の子をぶら下げた一機の飛行ガメが飛んでいた。

ナウシカは武器も持たずに攻撃されながら飛行ガメの中へ。その衝撃で飛行ガメは落下、ナウシカは酸の湖の中へ入ってしまおうとする王蟲の子を身を挺して止めた。

怒りで真っ赤だった王蟲の子の目が青に変わる。ナウシカは王蟲の子と共に、王蟲の大群の眼前に降り立った。あっという間に、王蟲の群れはナウシカの身体を包み込んでしまったが、靄が晴れた後、青い目の王蟲の群れの真中に彼女は横たわっていた。一体の王蟲がナウシカの遺体を持ち上げると、あたりが光り輝き奇跡が起こった。ナウシカがゆっくりと目をさましたのだ。

以上が大まかなあらすじです。

自然を愛し、蟲と心を通わせる少女ナウシカの最後のシーンは圧巻。多くの人が涙をこぼしました。日本のアニメ史上にさん然たる金字塔をうちたてた作品と言えるでしょう。

ナウシカとは

ナウシカとは、正式には「風の谷のナウシカ」と言い、1984年3月に劇場公開された宮崎駿(ミヤザキハヤオ)監督のアニメ映画作品、および徳間書店のアニメ情報誌『アニメージュ』に連載された宮崎駿の漫画作品。

漫画は、アニメージュ誌上で1982年に連載が開始され1994年に終了。映画は、単行本全7巻のうち序盤に当たる2巻目の途中まで連載された時点での作品であり、映画公開後に連載を再開した漫画とは内容が異なります。

映画の制作は、トップクラフトが担当。朝日新聞のコラム「天声人語」で取り上げられたことなどもあり、91万人の観客を動員、当時の劇場版アニメーション作品としては異例ともいえる7億円以上の配給収入を得て成功を収めました。

風の谷のナウシカは、数々の映画賞を受賞し、アニメーション作家としての宮崎駿の知名度を大きく引き上げた作品です。

映画化にあたってイメージガールが募集され、安田成美がグランプリを獲得、映画のイメージソングを歌っています。

なお、ナウシカと言う名前は、ギリシア神話に登場する王女ナウシカアに由来するとか。

映画完成後、スタジオジブリが設立され、以降の宮崎監督の長編アニメーション映画を制作する拠点となっています。

風の谷のナウシカに関しては、批判的な見方をする人もいるようですが、「何度見ても泣ける」とか、「感動した」と言う人は多く、純粋に心の中に入ってくる映画と言えるのではないでしょうか。

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ディズニー映画

ディズニー映画には、アニメーションと実写版がある。

ディズニー映画と言えば、アニメーションと思われがちであるが、実写版の映画としては『ナルニア国物語』『魔法にかけられて』がある。

ディズニー映画らしく3Dおよび2DCGを巧みに使った『ナルニア国物語』シリーズは、特に若者を中心に人気がある。

また、ファンタジックな世界観や時代背景、設定、キャラクター性も、ディズニー映画を語る上で忘れてはならないものだろう。

ディズニー映画は、絶えず人々を幸せにする夢や希望、冒険心や愛などの要素を存分に含んでいる。

ディズニー映画は、人々の心の中にある夢の国そのものなのである。

ディズニー映画のアニメーション

ディズニー映画は、昔から主に女性たちに愛されており、またアニメーション映画の他に実写版映画でもヒットを飛ばしている。

日本でも、ディズニー映画は宮崎駿作品と肩を並べるくらい爆発的な人気があり、ファンも多い。

ディズニー映画の魅力といえば、アニメーション映画においては、誰もが憧れる“お姫様”“王子様”像。彼らの描写は美しくロマンティックである。また、映画中に流れる音楽(歌)にも人々はひきつけられる。

ディズニー映画のキャラクターたちはグッズにもなり、主に女の子の間で流行している。ディズニー映画は、常にこうして女の子のハートをがっちりつかんで離さない。

またディズニー映画においては、宮崎駿監督作品『魔女の宅急便』の英語バージョンを製作する企画もある。

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